創業者「安藤百福」と妻仁子の半生

日清といえば「カップヌードル」誕生の秘話が凄かった!

NHK連続テレビ小説『まんぷく』のモデルにもなっている、日清食品ホールディングスの創業者の「安藤百福(ももふく)」。彼の代表的な商品、カップヌードルいえば昭和史に残る大事件、あの連合赤軍メンバーがあさま山荘に立てこもった際、警視庁機動隊員が極寒の雪の中カップヌードルを食べる姿がテレビに映し出された。この一件で知名度が上がり、問い合わせが殺到し、カップヌードルは全国で爆発的に売れ始めたという。
そのカップヌードル、実は意外なところでヒントを得て誕生する。

「どんぶりと箸さえあれば簡単にラーメンが食べれる」

日清といえば「カップヌードル」誕生の秘話が凄かった!創業者「安藤百福」と妻仁子の半生

(Image:TY Lim / Shutterstock.com)

 今も多くのヒット商品を世に出し続ける食品メーカーだが、百福の人生は順風満帆ではなかったようだ。
 世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発明したのは彼が48歳の時。その後即席めんをワールドワイドにするヒントを得るために、欧米視察旅行に出かけた。
 アメリカ・ロサンゼルスに着くと、すぐに大手スーパーに向かい、チキンラーメン試食をバイヤーに頼んだ。しかし、困ったことに、チキンラーメンを入れる器がなかったのだ。
 するとバイヤーの1人が紙コップを持ってきて、チキンラーメンを2つに割って中に入れ、そこにお湯を注ぐとフォークを使って食べた。
 かつての日清食品のトレードマークは、円の下部に棒が2本あり、その上にNSSと書いてあった。これはどんぶりと箸を意味した。
「どんぶりと箸さえあれば、いつでも、どこでも、簡単にラーメンを食べられる」というのが、チキンラーメンの開発思想であった。
 しかし、アメリカではそのどちらも使わない。美味しさに国境はないと考えていたが、習慣の壁はあるとわかったのだ。 即席めんの世界で愛される食品にするために、めんをカップに入れてフォークで食べられるようにしようと、百福はこのアメリカでカップヌードルのヒントを得たのであった(アメリカでは当時「ラーメン」という単語がなかったため、「ヌードル」という言葉に変換され、現在のカップヌードルとなった)。

安藤百福と仁子の人生

安藤百福と仁子の人生

アマゾンで購入

日清といえば「カップヌードル」誕生の秘話が凄かった!のページです。オトナライフは、【ライフスタイル健康海外食事】の最新ニュースをいち早くお届けします。