武蔵小杉【首都圏格差シリーズ】憧れの街の意外な現実

首都圏で「タワーマンション」というと、月島や豊洲、天王洲など湾岸エリアをイメージするが、内陸側にもタワーマンションが完全にシンボル化している街がある。川崎市中原区の武蔵小杉である。
今や「憧れの住居」として一般に認知されている超高層のタワーマンションだが、登場したのは近年のことではなく1980年代にまで遡る(普通の高層マンションは1970年代にはすでに存在していた)。その当時はまだ数える程度しかなかったものの、1997年の規制緩和で建設が急増。すると、その高級感もさることながら、近未来的で洗練された雰囲気が評判を呼び、住民のライフスタイルも含めてさまざまなメディアにも取り上げられて話題になった。そうするうちにどんどんブランド力を高め、「憧れの住居」として認知されるに至ったのである。

職住近接の労働者の街からオシャレな街へ

武蔵小杉【首都圏格差シリーズ】憧れの街の意外な現実

(Image:picture cells / Shutterstock.com)

 今では再開発計画が持ち上がると、その中にタワーマンション(住居部を持った高層複合ビルも含む)の建設が含まれるケースがほとんどである。というのも、特に都心やその近郊の自治体にとって、今やタワーマンションほど有り難い存在はないからだ。地域の人口を増やしたい自治体は、デベロッパーと共に受け入れ先である住宅を造成しようとするが、都心の場合、広大なニュータウンや巨大マンション(団地)群を作ろうにも適した空き地はそうそうない。そこで埋め立て地や移転した企業の跡地など中小規模の空き地にタワーマンションを建てる。広さではなく高さでパイを増やそうとするわけだ。しかも都心エリアのタワーマンションの需要は高いので、建設した分だけ移住者が増える可能性が高い。そうなれば自治体は大喜び、売るデベロッパーもウハウハ。もちろん建設する街や場所にもよりけりだが、ウィンウィンの関係が成立しやすいのだ。
 翻って武蔵小杉を見てみると、武蔵小杉のある川崎市中原区は、昔から工場や社宅が集まり、労働者の街・川崎を絵に描いたような「職住近接」の地域だった。ところが2000年以降から工場や企業の移転が相次いだことで、再開発が急ピッチで進んだ。その一環がタワーマンションの建設だった。
 川崎市と中原区は、この再開発で1万5000人前後の人口増を見込んでいたというが、実際には2007年(12月末時点)の中原区の人口が21万8068人で、現在(2017年3月末現在)が24万7942人だから、およそ3万人もの増加。当初の見込みを大きく上回っている。タワーマンションが続々と建設され、すでに6000戸以上が供給されてきたという武蔵小杉が中原区の人口増加の主要因なのはいうまでもないが、武蔵小杉人気が周辺地域に波及効果をもたらし、中原区全体の流入者を増やしている格好にもなっている。しかも、武蔵小杉のタワーマンション建設を含めた再開発の完成はまだまだ先で、今後さらなる人口増加が見込まれているという。

一般的にはファミリー向きの街といわれるが……

武蔵小杉【首都圏格差シリーズ】憧れの街の意外な現実

(Image:Shutterstock.com)

 大規模な再開発を受けてブローカーの注目の的にもなっている武蔵小杉だが、街のブランド力を高めているのは何もタワーマンションだけではない。交通の便がとにかくいいのだ。東急なら東横線と目黒線、JRなら南武線、横須賀線、湘南新宿ラインが乗り入れ、東京、品川、新宿、渋谷などすべて20分圏内というのは強みである。ゆえに都心で働くサラリーマン層に高い支持を受けるのも当然で、「住みたい街ランキング」の上位常連になっている理由の一端はここにある。
 また、利便性が高いうえに周囲に自然が多い武蔵小杉の環境は、子育てファミリー層からの支持も滅法高い。実際、タワーマンションで暮らしているのは多くがファミリー層で、駅周辺にはベビーカーを押した主婦の姿が目立つ。そうした層をターゲットとした大型商業施設も次々にオープンし、区を挙げて病院や保育所など住環境の充実にも取り組んでいる。
 再開発による街づくりに成功し、勢いに乗っている武蔵小杉。街のポテンシャルが高いのはわかるのだが、ファミリーが暮らすには今の武蔵小杉はコスパが悪いように思えてならないのだ。タワーマンションがそびえるオシャレな街、高い利便性、そこに東急東横線沿線というブランド力も相まって武蔵小杉の不動産価格は高い。タワーマンションは1戸が最低6000万円レベルで、川崎だというのに何と億ションまである。また、タワーマンションの効果で普通の分譲マンションまで値上がりし、賃貸もファミリータイプ(2LDK以上)なら築年数が古くなければ12万円以上が基準となっている。これでは庶民はなかなか手が届かない。実際、タワーマンションに暮らしているのは平均年収1千万円以上のアッパー層ファミリーがメインだという。だが収入はあっても、税金や月々の
タワマンのローンに加え、子供の教育費や車(外車も多い)の維持費、遊興費など何かと見栄を張っている分、出ていく額も多くなり、実際には余裕のない生活を送っている「タワマン貧乏」も少なくないと聞いている。
 見栄を張ってまで武蔵小杉に住む価値があるのかどうか、決めるのはもちろん当事者だが、案外この街は一般的にいわれるような子育てファミリー向きというより、一人暮らしの学生やサラリーマン向きなのではないだろうか。ワンルームタイプなら家賃相場は都心よりもグッと手頃。元々労働者や学生の街だったので、古き良き商店街やお手頃価格の食堂、大衆酒場が淘汰されずに残っているところもシングルにはうれしい。近くの等々力緑地はスポーツのメッカで、気軽に運動できる施設も揃っている。各所へのアクセスが良いから通勤時間や通学時間を短縮できる分、朝や夜に余裕が生まれ、その時間を趣味や運動、友人や仲間同士の交流に充てられるというメリットもある。シングルライフを謳歌するなら、これほどコスパの良い街は少ないかもしれない。

文=

引用元:首都圏格差 首都圏生活研究会 (著)(三交社刊)

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