狭いエリアに人が集って通信障害が起きやすい「夏フェス会場」や山間部、被災地や戦地でも「アンテナさえあればネット通信が可能」な、衛星インターネットサービス・スターリンク(Starlink)。いわば「新時代の通信インフラ」であり、自然災害時の通信の備えとしてアンテナを自宅のベランダなどに置いている方も少なくないのでは?
一方、良くも悪くも難点は「アンテナが必要」なことでした。しかしこの点はキャリア側での対応が進んでおり、2024年10月24日にはKDDIがスターリンクとスマホを直接通信する実験に成功したと発表し、大きな話題になりました。
では「スターリンクとスマホが直接通信する」時代がやってくるならば、従来の固定回線はその役目を終えるのでしょうか?
衛星インターネット「スターリンク」とは
まずスターリンクは、イーロン・マスク氏が率いるSpaceX社が展開する衛星インターネットサービスです。低軌道に多数の小型衛星を打ち上げて通信ネットワークを構築しており、衛星インターネットとして安定的かつ高速な通信を実現しています。
そしてスターリンクの特徴は「衛星インターネットであること」そのものであり、山間部や離島、海上など、従来の通信インフラが整備されていない地域でも高速インターネットを利用できる点。
その革新性がもっとも分かる事例には、ウクライナでのスターリンクの活用が挙げられます。2022年にロシアからの軍事侵攻を受け、従来の通信インフラが壊滅的な被害を受けたウクライナに対し、SpaceX社は推定4万2000台のスターリンクを提供。
言うまでもなく通信は、ウクライナの病院や企業、支援団体、民間人の連絡などに欠かせない「インフラ」です。従来の回線などが使えなくなってしまった戦地の通信インフラとして、スターリンクは極めて大きな役割を果たしました。
スターリンク衛星とスマホの直接通信が実現
スターリンクの革新性は先に述べた通りですが、スターリンクを使う際に良くも悪くもネックとなるのは「アンテナ」の存在です。
スターリンクは「通信環境が整っていない場所でも利用できる」という点が魅力ですが、それはあくまでも、設置された専用アンテナの範囲内に限られていました。つまり「戦地の特定エリア」「夏フェス会場の特定エリア」などに通信インフラを、従来では考えられないほど簡単に築くことは可能です。
ですがあらかじめアンテナを設置していないエリアにとっては、衛星インターネットは「自然災害発生時の通信の備え」などとして見た時に、脆弱です。
この難点はスターリンクとスマホが、アンテナなしで「直接通信」をすることができれば解消へと向かいます。そして冒頭でも触れたとおり、KDDIは2024年10月24日にスターリンクとスマホの直接通信に成功したことを発表しました。
スマホとスターリンク衛星の通信においては、もともとKDDIが持っていた電波をスターリンクで使えるよう総務省に申請し、それを同省が受理したことで大きく前進。
加えてスマホとの直接通信用のスターリンク衛星は、通常のスターリンク衛星よりもさらに低軌道を飛行。ちなみに2024年10月に行われたスマホと衛星の直接通信の実証実験の際には、実験地の久米島の上空を、1時間に15機もの衛星が飛行したとのことです。
衛星インターネットの普及で「固定回線」は不要になる?
2024年に行われたKDDIの実証実験で行われたのは「SMSの送受信」でした。つまり音声通話やデータの送受信などは「順次対応予定」の状況です。そのため個人ユーザーにとっては、スターリンク衛星とスマホの直接通信の恩恵を「即時」に感じることは難しいかもしれません。
少なくとも2024年時点においては、衛星インターネットは「通信会社」のインフラ整備・強化の役割が大きいでしょう。特に地理的条件により、光ファイバーケーブルが引き込みにくい基地局の通信インフラの整備・強化に衛星インターネットが使えるようになったというのは大きなポイント。なお、KDDIは今後全国1,200カ所~を対象に、順次導入を予定しています。
そして、個人ユーザーを対象とした「スマホと衛星の直接通信」については、KDDIは2024年内を目途に開始予定としています。また楽天モバイルはASTの低軌道衛星を用いて、2026年に開始を目指しているとのこと。
そして楽天モバイルは同サービスにおいて、YouTube動画が再生できる程度の速度を目指すとしています。SMSの送受信だけでなく、データの送受信やYouTube動画の再生などが可能になれば、衛星インターネットは自然災害や、それに伴う通信障害発生時の新たな「通信インフラ」になり得るでしょう。そしてその通信インフラが、アンテナ不要で利用できることは極めて大きな進歩です。
データの送受信や動画再生など、ある程度大きな通信が「衛星とスマホ間」で安定的に可能になるまでにはもう少しだけ、時間がかかるかもしれません。
「太陽フレア」に代表される宇宙災害が新たな通信のリスクに
近い将来、衛星インターネットが全国的に大きく普及し、新たな通信インフラとして定着することは間違いないでしょう。それに伴い、新たな通信リスクとして「太陽フレアの影響」が懸念点になり得ます。
太陽フレアは、太陽表面で発生する爆発現象で、大量の電磁波や高エネルギー粒子を放出するもの。過去にはスターリンク衛星が、実際に太陽フレアの影響を受けて機能停止に陥った事例も。具体的には2022年には中規模の太陽フレアの発生の影響で、打ち上げた衛星49基のうち、約8割にあたる40基が失われたとされています。
太陽フレアの活動は11年周期と言われており、2025年にピークを迎えるとも言われています。2024年以内からはじまるKDDIの、スターリンク衛星との直接通信サービスがどのような影響を受けるのかは、注目すべきポイントと言えるかもしれません。
※サムネイル画像(Image:Hadrian / Shutterstock.com)