世代間のデジタル格差、いわゆる「デジタルデバイド」は1つの社会問題です。たとえば高齢者のスマートフォン利用率は他の世代と比べて低く、たとえば災害時に避難勧告が出た際の情報アクセスなどの面で不利な状況です。
では市区町村が主導し「高齢者にスマホを無償で貸与」したら、高齢者による情報アクセスや「高齢者が希望する緊急時などの連絡手段」は変化し、デジタルデバイドは解消に向かうのでしょうか?
この仮説に対して、東京都渋谷区では、高齢者向けにスマートフォンを無償で貸与する事業を実際に実施しました。渋谷区による「高齢者にスマホを無償で貸与する」取り組みとその結果についてご紹介します。
深刻化する「デジタルデバイド」問題(※渋谷区の例)
デジタルデバイドとは、インターネットやパソコン、スマートフォンなどの情報通信技術を利用できる人と利用できない人との間に生じる格差のことです。こうしたデジタルデバイドは都市部と地方で生じるイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、実は「東京都渋谷区」でも起きています。
たとえば2019年の台風19号で警戒レベル4の避難勧告が発令された際、渋谷区が開設した避難所の利用者の半数が20代~30代だったとのこと。同区では高齢者の4人に1人がスマホを所持しておらず、避難所の情報発信が届かなかったと思われます。
つまり、こうしたデジタルデバイドがときに命の危険に繋がってしまう場合すらあるでしょう。
渋谷区による高齢者へのスマホの無償貸与事業について
深刻なデジタルデバイドは「高齢者に災害時の避難情報が届かない」リスクを引き起こしたり、今後普及する行政サービスの各種オンライン申請など「非接触型サービス」が使えないといった問題を引き起こします。
そこで渋谷区は、65歳以上の区民を対象にスマートフォンを2年間無償で貸し出す実証事業を2021年9月から開始。この事業は、KDDI株式会社と津田塾大学との共同研究として実施されたもので、対象となったのは、スマートフォンを保有していない約1,500人の高齢者でした。事業の目的は、高齢者のデジタルデバイド解消を通じて、健康増進や安全安心の確保、生活の質(QOL)の向上を図ることでした。
「高齢者にスマホを無償で貸与」すると高齢者が希望する連絡手段はどう変わる?
実証実験から、スマホを手にした高齢者の連絡手段がどう変わったのかご紹介します。
区からの希望する連絡する方法として「LINE」が激増
実証実験開始直後、利用者の「希望する連絡方法」はLINEが10.5%、郵送が79.5%だったにも関わらず、2年後の端末返却時にはLINEが38.6%にまで増加。郵送は64.1%と優勢でしたが、それでも多くの高齢者が「LINEを連絡手段に使うこと」の便利さを覚えたと言えます。
災害時に情報を得る手段として「スマホ」が激増
実証実験開始時、「災害時に情報を得る媒体」という質問に対し、「スマホ」と答えた人の割合は33.2%。しかし、実証実験終了時には58.4%にまで増加していました。この結果は高齢者も、災害時にスマートフォンを活用して情報を得ることの重要性を認識し始めたと言えます。
LINEや検索エンジンの起動回数は高齢者でもかなり頻繁
実証実験終了間際には、スマホを貸与された人の90%以上がLINEを使用。また、GoogleやChromeアプリの使用率も89%となっています。つまり、スマホを貸与したことで多くの高齢者のデジタルリテラシーが向上し、スマホを積極的に活用していたと言えるでしょう。
貸与期間終了後は8割の高齢者がスマホの購入意欲を示す
興味深いのは、実証実験を受けた高齢者のうち、67.5%が自身のスマホを「購入した」と回答。15.3%が「今後購入予定」と答えたこと。つまり、8割以上がスマホの購入意欲を示したという調査結果です。つまり、事業を通じて高齢者がスマートフォンの利便性を実感し、日常生活に欠かせないツールとして認識したと言えるでしょう。
この記事をお読みの方の中にも、年配の親族が「携帯電話を持っていない」ないしは「ガラケーしか利用できない」といったケースがあるのでは。するとその年配の親族の方にとっては、LINEによる連絡や検索エンジンによる情報収集などは難しい場合もあるでしょう。
とはいえその難しさは「そもそもスマホを持つことへの抵抗感」から生まれたものかもしれません。高齢者の方にスマホを無償に貸与することは、そうしたちょっとした抵抗感が契機となっているデジタルデバイドの解消に向けた大きなプロセスになり得るのかもしれません。
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