ChatGPTは「トロッコ問題」にどう回答する?有名な哲学・倫理の問題への返答まとめ

倫理学の分野で議論されてきた有名な「トロッコ問題」(Trolley problem)。今回は ChatGPTが「トロッコ問題」にどう回答するか、基本的なトロッコ問題のほか、諸条件を付け加えた場合についても検証しました。

なお、今回の検証は有料プランのChatGPT Plusへ加入すると利用できる最新バージョンのGPT‐4を利用しています。

トロッコ問題は「何」を問題にしている?

トロッコ問題とは、線路上を進むトロッコ(原文では路面電車)が5人の人間を轢きそうになっており、操作レバーを引けばトロッコを別の線路に切り替えて5人の人間を救うことができるが、その切り替え先にいる1人の人間が犠牲になるというシチュエーションを想定したものです。

この問題は、行動を起こし多数の命を救う一方少数の人を犠牲にすることと、行動を起こさないこととの間で、どちらが正しいかという倫理的なジレンマを問うものです。なお、トロッコ問題は、倫理学的な問題を考えるために設定された架空のシナリオであり、レバーを切り替えた責任を問われたり、緊急停止ボタンを押したりすることはできないものとして考えます。

トロッコ問題への回答例

難しい選択を迫られるトロッコ問題ですが、一般的には2通りの回答が考えられます。

行動を起こす:レバーを引いて5人を助けるが1人は犠牲に

トロッコ問題に対する回答として、行動を起こしてレバーを引き、1人を犠牲にすることで、5人の命を助けるという回答が可能です。結果を重視する立場で、これは功利主義的判断と呼ばれます。

何もしない:5人は犠牲になるが、1人は助かる

トロッコ問題に対する別の回答として、何もしないという回答があります。そのままトロッコが進み、5人は犠牲になりますが、1人は助かります。レバーを引くという行為によって、1人が犠牲になるという行為を正しくないものとして重視する立場で、これは義務論的判断と呼ばれます。

ChatGPTは「トロッコ問題」にどう回答する?

ChatGPTは「トロッコ問題」にどう回答するのでしょうか。実際にChatGPTで検証してみました。

「5人を助ける」「1人を助ける」のベネフィットとリスクを洗い出して採点

まずは「5人を助けること」「1人を助けること」のベネフィットとリスクを10項目ずつChatGPTに洗い出してもらい、各項目ごとに5点満点で採点。ベネフィットの場合は「5点」がベストの選択、リスクの場合は「5点」が最悪の選択であるという条件付けをし、トロッコ問題への回答を考えてもらいました。

基本的には「ベネフィットーリスク」の点数がプラスであるほど優れており、「5人を助ける」「1人を助ける」に点数差があまりない場合は「ベネフィット評価」が高いほど優れた選択であると言えます。

結果としては「5人を救助する選択肢がより適切である」という回答となりました。

結論としては、5人の作業員を救助する選択肢のベネフィット合計が46点、リスク合計が44点となりました。一方、1人の作業員を救助する選択肢のベネフィット合計は24点、リスク合計は26点です。「5人」と「1人」がどちらも一般の作業員であれば、5人を助けるべきであるというのは、結果を重視した回答と言えます

「1人」が家族だった場合のベネフィットとリスクを洗い出して採点

基本的なトロッコ問題は前述の通り、ChatGPTでは「5人を助ける」という結論に行きつきました。では犠牲になる「1人」が家族である場合はどうでしょうか。5人を助けても全員が他人であり、1人を助ければ家族の命を救える場合を想定します。

先ほどと同じように、表形式でベネフィットとリスクを出力し、ChatGPTに採点をしてもらいました。

5人の作業員を助ける選択肢のベネフィットの合計点は24点、リスクの合計点は28点です。一方、1人の家族を助ける選択肢のベネフィットの合計点は21点、リスクの合計点は26点でした

両方の選択肢を比較すると、5人の作業員を助ける選択肢のベネフィットが高い一方でリスクも高いことがわかります。しかし、1人の家族を助ける選択肢のベネフィットは低いものの、リスクも低いです。

「ベネフィットの最大化」を狙うのであれば5人を助けるのが最適であり、どちらかと言えば「5人を助ける方がベター」ではあるものの、価値観によっては家族を助けるケースもあるといった結論になりました。

「5人」が捕まっていない殺人鬼だった場合のベネフィットとリスクを洗い出して採点

「5人が殺人鬼」であり、「1人は一般の作業員」の場合はどうなるでしょうか。同じようにChatGPTに採点してもらいました。

1人の一般作業員を助ける選択肢が、ベネフィットとリスクの点数合計が21であり、5人の殺人犯を助ける選択肢は-10となりました

この結果から、「1人の一般作業員を助ける方がベネフィットが大きく、リスクが少ないため、1人の一般作業員を救うことを選択する」という結論になりました。

「-10」という他の前提条件ではなかなか出ない低い数値の原因には「犯罪者たちが再犯するリスクがある」「社会が犯罪者を助けることに対して批判的になる可能性がある」といった項目が挙げられています。

「行動を起こす派」「何もしない派」のディベートで勝敗を決めるとどうなる?

「行動を起こす派」(1人の作業員が犠牲になる)と「何もしない派」(5人の作業員が犠牲になる)の2つの役割をChatGPTが作成し、ディベート対決を行わせた場合にどちらが勝利するかも検証してみました。なおルールとして「引き分けはなし」としました。

「行動を起こす派(A)」は1人の命よりも5人の命が重く、より多くの命を救うのが最善と語ります。一方で「何もしない派(B)」はレバーを引くことは「その人の死を意図的に選択している」。何もしなければ「直接的には誰の命も奪っていない」「誰もが平等に価値がある命であり、我々はその選択をする権利を持っていません」と語ります。こうした意見に対して「行動を起こす派」は「我々はその瞬間で最善の選択をしなくてはならない」と反論しました

このディベートにおいて、ChatGPTは「行動を起こす派(A)」が勝利したと判断しました。「行動を起こす派(A)」は、最大限の命を救う選択をすることが最大多数の最大幸福を目指す倫理的観点からも正しいと主張しました。

一方、「何もしない派(B)」は誰の命が重要であるか判断することの道徳的責任や倫理的問題を指摘しました。しかし、積極的な行動を取らないことで結果的に5人の命が失われることに対する道徳的責任も無視できないという点で、「行動を起こす派(A)」の意見がより説得力があるとChatGPTは判断し、そのように回答しました。

トロッコ問題に明確な結論を出そうとするとき、ChatGPTは「行動を起こす」ことを支持する傾向にあるようです。

「第三の回答」を考えさせるとどうなる?

おまけとして「行動を起こす」とも「何もしない」とも違う、「第三の回答」も考えさせてみました。

ChatGPTは「作業員たちに線路から避難するように警告する。この方法であれば”暴走するトロッコ”という前提条件からは外れず、なおかつ被害を最小化できる」という趣旨の回答を返しました。たしかにある程度合理的なので、実際にChatGPTがこの場面に出くわしたら「作業員に警告」をまず行い、それでも危険を避けられない場合は5人を助けることを優先すると思われます

その他の有名な哲学・倫理の問題への返答例

せっかくなので、追加のおまけとして、その他の有名な哲学、倫理の問題へのChatGPTの回答を2つご紹介します。

今回は「スワンプマン」「ザ・バイオリニスト」という2つの命題をご紹介します。なおChatGPTの回答は、トロッコ問題と同じように「ベネフィット」「リスク」の比較を通じて出力するものとします。

スワンプマン:死んだ男と何も変わらない「スワンプマン」は死者と同一人物?

「スワンプマン」とは、以下の問いを投げかける思考実験です。

・問い
ある男が沼で、雷に打たれて死んでしまいました。すると沼の泥から死んだ男と「同じ見た目」「同じ記憶をもつ」男が生まれました。この男を「スワンプマン」と名づけます。

スワンプマンは死んだ男と何一つ変わらない見た目、記憶を持ち、知識や感性、話し方、体質もすべて同じで、死んだ男と同等の自我を持ちます。よってスワンプマンは「自分は沼で雷にあたったが、生き延びた」と認識します。

スワンプマンと死んだ男の違いはなく、スワンプマンも家族も同僚も、誰も本当の「男」が死んだことに気付いていません。この場合、スワンプマンは死んだ男と同一人物ですか?

この問いに対するChatGPTの回答は以下の通り。ChatGPTにはスワンプマンと死んだ男を同一人物だとみなした場合のベネフィットとリスクを比較し、最適な回答を求めました。

ChatGPTの回答はベネフィットの合計点数は31点、リスクの合計点数は30点です。ベネフィットとリスクの点数が非常に近いため、この問題に対する答えは明確ではありません。しかしながら、ベネフィットの合計点数がリスクよりわずかに高いことから「スワンプマンと死んだ男を同一人物と見なすことが、全体的にはポジティブな影響がわずかに多い」というものでした

興味深いのは「スワンプマンは死んだ男のクローンであり、道徳的に問題がある」というリスクへの採点は3点。一方で「家族の悲しみが軽減される」というベネフィットへの採点は4点であること。

つまり、「家族の悲しみが軽減されること」は、スワンプマンが実際にはクローンである道徳的リスクよりも、価値が高いとChatGPTは判断しています。

また「死んだ男とスワンプマンの違いを検証することで科学的知見が得られる」ことのベネフィットは2点。一方で「スワンプマンの存在が人々の価値観を揺さぶるリスク」は、リスクとして3点の評価。つまり科学的なベネフィットよりも、人々の価値観を揺さぶってしまうことを懸念しています。

意外とChatGPTは「ものすごく泥臭く、人間的な判断をしている」ように筆者には感じられました。

ザ・バイオリニスト:自分の血でしかバイオリニストを助けられない、輸血を断るのは殺人か?

「ザ・バイオリニスト」とは以下の問いを投げかける思考実験です。

・問い
世界的バイオリニストが病にかかり、あなたの血液でしか救うことができないことが判明。治療には9カ月間、バイオリニストとあなたを繋いで輸血し続ける必要があり、救うと判断した時点であなたの自由は奪われます。

ある日、目が覚めるとあなたは病院にいて、バイオリニストと管で接続されていました。バイオリニストのファンによってあなたは拉致され、治療に強制的に協力させられています。あなたは「治療に協力する」とは言っていません。

この場面では、あなたが逃げ出せばバイオリニストは命を落とします。一方で逃げなければあなたは自由を奪われ続けたままです。あなたには、バイオリニストを救う責任があるのでしょうか。またバイオリニストへの輸血を拒むことは、殺人になりますか。

ChatGPTの回答は以下の通りです。

結論としては「輸血を断る」方が、輸血に協力してバイオリニストを助けるよりもはるかに合理的という判断をChatGPTは行っています。具体的には以下の通りです

・輸血に協力する場合:
ベネフィット合計:26点 (5+3+2+4+3+2+2+3+1+1)
リスク合計:43点 (5+4+4+5+4+4+5+4+5+3)

・ 輸血に協力しない場合:
ベネフィット合計:42点 (5+4+4+4+4+5+5+5+3+3)
リスク合計:28点 (5+4+4+3+3+2+2+2+4+1)

筆者にとって興味深かったのは、「1.バイオリニストの命を救う」と「1.自由を奪われる」は、ベネフィットとリスクが等価であるとChatGPTが判断したこと。バイオリニストの命を救える代わりに、自分の自由を奪われるのであれば、差し引きゼロでありあまり生産的ではないという判断がされています。

また「5.社会的評価の向上」のベネフィットが3点と評価されているのに対して、「5.拉致犯への協力となる」が4点のリスクと評価されています。

自分が輸血に協力したことでバイオリニストが助かり、結果として自分自身が社会的評価を得られたとしても、その過程で「拉致犯に協力していることになる」のであればマイナスが上回るという判断です。

ChatGPTは社会に浸透している倫理を重視し、社会の価値観を根底からひっくり返すような回答を避ける傾向にあると筆者には感じられました。教育者に近い判断基準を持っている印象で、法学や倫理学を高度に扱える人工知能だと言えるでしょう。

まとめ

今回は人工知能のChatGPTが、思考実験として有名な「トロッコ問題」についてどのように回答するかについて検証しました。その他「スワンプマン」や「ザ・バイオリニスト」といった思考実験もChatGPTに回答させてみましたが、トロッコ問題で5人を助ける方を選択したり、スワンプマンを同一人物として認める方がベネフィットが高いと判断したりするなど、全体的に過程や行為、自分自身の葛藤や迷いより結果を重視する回答になっている点が興味深いです。

オトナライフ編集部
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